2009年06月26日

REX〜ウィーン警察シェパード犬刑事〜 (Kommissar Rex)

「賢そうなワンちゃんですね」
「ええ、番犬なんですけどね、これで三代目ですわ」

というのが人間世界の常だが、このウィーン警察シェパード犬の場合はちょっと違う。

「今度の飼い主、強そうじゃないか」
「これで、三代目なんだわん」

なんてことで、主人公は犬のほうである。原題の Kommissar Rex もドイツ語で「刑事レックス(レックスは犬の名前)」、そう、犬自体が「刑事」なのだ。実際に、シリーズを重ねていくうちに飼い主であるパートナーの刑事が何度も変わる。

ともあれ、さすがに刑事犬ともなれば、芸も達者でなければいけない。「お手」や「お座り」ぐらいで満足しているお座敷犬とは訳が違う。ドアの開け閉めなんて朝飯前。盗まれたベートーベン(音楽家)の頭蓋骨を犯人が投げたときも、ジャンプで見事、空中キャッチ。「レックス、向こうの部屋をなにげに見てこい。いいか、なにげにだぞ」と言われると、文字通り、「なにげ」に偵察してくることもできる。朝はパン屋にお遣いに行くし(ちなみに好物はソーセージ・パンだとか)、向こうの通りで張り込んでいる仲間に食料を届けたりもする。(注:以下会話部分のカッコ内は推測)

飼い主刑事:「食料届いたか?」
仲間刑事:「ん?パンが一個しかないぞ」
飼い主刑事:「お前、途中で食べたのか?」
レックス:「?(シカト)」

もちろん、テレビも観る。

ある朝のこと、忙しい様子の飼い主。向こうの部屋からしきりに用事を頼もうと名前を呼んでいるが、こっちだって今は忙しい。ソファに寝そべって、お気に入り(?)のテレビを観ているところ。いちいちわがままなコールに答えていられないのだわん。

飼い主刑事:「おーい、レックス、レックス!」
レックス:(無視―テレビに没頭)
飼い主刑事:「おい!レックスってば!ぞうきん持ってきてよ!」
レックス:(無視)

テレビ画面では二頭のパンダがなにやら人間の言葉でしゃべっている。

レックス:(おもろいやないけ…)

そのうち、たまりかねた飼い主がやってきて、

「忙しいんだから、少しは協力してくれよな」

と、テレビをバチンと消してしまう。

しぶしぶ重い腰を上げ、ぞうきんをくわえてくるレックス。飼い主のそばで「(はいよ!)」と落としてから、また、そそくさとテレビの部屋に戻り、前足でリモコンをつける。

画面はパンダからチンパンジーに替わっている。

レックス:(あ、パンダ終わってら…)

突然電話が鳴る。

飼い主刑事:「おい、レックス、電話取ってくれ」
レックス:(無視)

仕方なく電話に出た飼い主刑事が「おい、事件だ」と言うと、そこはプロ、即座にテレビから離れて、相棒の刑事とともに仕事に出かけるのである。

そんなレックスがある日誘拐された。犯人の要求は、こう留されている仲間の釈放。要求を満たさなければレックスを殺すと言う。ここで、人間中心のドラマに慣れていると、つい、犬を誘拐してもあまり効果がないのではないかとか、かわいそうだけど犠牲になってもらうしか… などという考えが沸いてくるがお門違いである。あくまでも主人公は犬なのだ。犯人からの電話で食い下がる飼い主刑事。

飼い主刑事:「レックスは無事なのか?電話口に出してくれ!」

またしても、電話口に出てもワンとかクーンとしか言えないだろうに… などということは考えてはいけない。レックスが電話に出る。

レックス:クーン、ぺろぺろ…(ご主人…)
飼い主刑事:「おい、レックス、大丈夫か?」

レックスは受話器を噛んだり、舐めたりしながら、なんともけなげな様子である。

飼い主刑事:「しっかりしろ!必ず救けに行くからな」
レックス:クーン、ぺろぺろ…(すんまへん、ふがいないことで)

レックスの唾液でべとべとになっている(であろう)受話器を取り上げて犯人が言う。

犯人:「犬の命が惜しければ言うとおりにするんだな」

というわけで、窮地に立たされた飼い主刑事。結局、犯人の要求を呑んで仲間の犯人を釈放してしまう。仲間の刑事も「俺たちも一心同体だ。クビになったら、みんなで新しい職を探そうぜ」なんてことでレックス救出に加担する。ウィーンの警察はみんな良い人ばかりなのかもしれない。

結局、レックスも救出、犯人も再び逮捕というハッピーエンドに終わり、なんとも都合の良いストーリーなのだが、それでいいのである。人間中心の見方をしてはいけない。そう、犬が可愛い、それでいいのである。

下記はドラマのイントロ部分。この7月からミステリチャンネルでシーズン2の放映が始まる予定だ。

http://www.youtube.com/watch?v=lhpaT2EZv04
posted by ronde at 01:26| Comment(11) | TrackBack(0) | ドイツ語ドラマ

2009年06月10日

スタートレック・ディープ・スペース・ナイン (Star Trek: Deep Space Nine)

スーパードラマ TV で深夜2時から放映していた(ちなみに午後6時からもあり)「新スタートレック」 (STAR TREK NEXT GENERATION) が終わって、引き続き放映されているのがこれ。「新スタ」が終わったらこの深夜2時の時間帯をどう過ごせばいいのかと(ま、さっさと寝るという方法もあるが)憂慮していただけにうれしい。また、このシリーズも昔、途中から観ていたので、最初から観られるのもありがたい。

さて、このディープ・スペース・ナイン (DS9と略す) とは宇宙ステーションの名前である。これまでのスタートレックシリーズとは異なり、この宇宙ステーションが舞台なのだ。このステーションは、ベイジョー (Bajor) という星にある。ベイジョー人 (Bajorans) が宿敵カダシア人 (Cardassian) の長年にわたる残虐な支配から独立を勝ち取ったといういきさつがあり、このたびベイジョー政府からの依頼で、惑星連邦 (The United Federation of Planets) と共同統括することになったのである。

ちなみに、このステーションの名前は「新スタ」でもちょくちょく登場。DS9 の登場人物がエンタープライズ号 (Enterprise) にやってきたこともある。しかも、エンタープライズ号から DS9 に転属になったのがマイルズ・オブライアン (Miles O'Brien) で、彼の妻は日本人で名前はケイコ。ケイコのおばあちゃんが住んでいたのは「カマモト(たぶん熊本がなまったものか?)」らしい。そして、ステーションの責任者となるのがベンジャミン・シスコ司令官 (Commander Benjamin Sisko) 、亡くなった妻との間に一人息子のジェイク (Jake) がいる。このシスコ司令官だが、実は、「新スタ」のピカード (Jean-Luc Picard) 艦長がロキュータス (Locutus) になって(正確には改造されて)ひと暴れしていたころ、勤務していた宇宙船が攻撃され、妻を失うという悲しい過去を持っている。そのせいもあって、ピカードとは折り合いが悪いのだが、最初のエピソードでは、その悲しい過去と向き合い、立ち直る様子を描いている。

ところで、このステーションの特徴のひとつは、近くにあるワームホール (wormhole) だ。最初のエピソードで発見されるのだが、このワームホールを通ると、なんと、7万光年先のガンマ・クアドラント (Gamma Quadrant) まであっという間に行けてしまうというのだからすごい。昔、とある「ユーフォー (UFO) 研究会」のおじさんに、夜中にユー・フォーに連れられて北斗七星まで行って来た人がいるという話を聞いたことがあるが、たぶん、それよりもすごいかもしれない。ともあれ、現代のような忙しい世の中になってきたのに、宇宙の果てまでとは言わないが、「大阪から東京までこのミニワームであっという間ですわ」というくらいの技術の発展は欲しいものだ。でなければ、厳しい世の中、キツイ思いをするのは現場の人間だけである。

話はそれたが、ワームホールのすぐそばにある宇宙ステーション、旅の中継地ともあって、これまで知られていなかったガンマ区域も含め、いろんなところからいろんな宇宙人がやってくる。まず、ベイジョー人は鼻にシワがあり、耳に信仰のシンボルであるピアスをしている。カダシアンは、顔にも畝のようなシワがありなんとなく爬虫類っぽい。その他、頭が象の鼻のように伸びた人種や鼻と口がつながったようなヤカラまでさまざまだ。DS9 のレギュラーメンバーでは地球人をはじめ、ベイジョー人のキラ・ナリース (Kira Nerys)、DS9 でブティックを経営するカダシア人のガラック (Garak)。また、同じく DS9 でバーを経営しているクァーク (Quark) はファレンギ人 (Ferengi) で、「新スタ」ではもっぱら「儲けしか頭にない卑しい人種」というネガティブなイメージが強かったが、DS9 では意外とカワイイ面も見せる。また、ジャジア・ダックス (Jadzia Dax) は体内にシンビオント (symbiont) と呼ばれる共生生物を住まわせているトリル人 (Trill) 。そして、さまざまな形に姿を変えられるチェンジリン (Changeling) であるオド (Odo) もいる。詳しくはいずれ紹介していきたいと思う。

さすがに、宇宙人と言っても、人間に形が似たヒューマノイド (Humanoid) が中心であるが、それでも地球人としての我々の常識を超えた生態系や文化がおもしろい。これまでの豪華な宇宙船を取り巻く壮大さには欠けるが、多様性という意味では他のシリーズを大きくしのいでいる点がこのシリーズの最大の魅力である。異文化交流などと言われて久しいが、地球人同士でチマチマやっているスケールでないことは確かだ。「こんなヤツとどうして付き合っていくのか?」―というのは人間関係における永遠のテーマであるが、「うちの上司もこの○○人に比べたらマシだ」といった前向きな態度を培うためのヒントになるかもしれない。

下記は、DS9 の1シーン。ファレンギ人のクァークとチェンジリンのオドが、皮肉のこもった絶妙のやりとりを展開。

http://www.youtube.com/watch?v=bx2CatQxfb8&feature=related